思い出

2008年8月12日 (火)

お誕生日

Img_0648 今日はももちゃんのお誕生日♪
ももちゃん、とうとう1歳になりました~。ももちゃん、お誕生日おめでとう!1歳といえば人間の年齢で考えると17歳くらいになるらしいけれど、ももちゃんは相変わらずお転婆、いたずらっ子のままです。でも元気でいてくれることが一番!

毎日暑いので日中は仰向け寝んねで伸びています。
人間年齢17歳の乙女の寝姿・・・Img_0659Img_0658

ももちゃんを生んで1ヶ月と少しという短い間だったけれどお乳をあげて大事に育ててくれたお母さんにゃんこさん、そして保護をして我が家に届けてくださった保護主Kさんにも感謝です。

今日がお誕生日だと言ってはいるが、ももちゃんは保護猫なので本当のところははっきりとは分からない。ももちゃんのお誕生日を今日に制定した理由は、ももちゃんが我が家へやってきた日が9月27日で、誓約書を見てみると1.5ヶ月と書いてある。9月27日から1.5ヶ月を引くと8月12日辺りになる為である。

ゆうたろうとりょうたろうも8月がお誕生日だったんだよなぁ。ゆうたろうの誕生日は8月1日になっているけれどこれもまた推定であった。経緯はこちら
ゆうたろうやりょうたろうと同じ8月生まれのももちゃん。長生きしたゆうたろうにあやかってももちゃんも健康で長生き出来ますように。

ゆうたろうとりょうたろうそしてももちゃんの写真を並べてみた。

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同じ白猫だけど何となく、ゆうたろうやりょうたろうは和猫顔、ももちゃんは洋猫顔っていう感じがする。が!どちらにしても可愛いにゃ~ん(*^_^*)。

そしてこちらは小さい頃の動画。

私の手を攻撃するももちゃん。この頃は子猫と言えども容赦なく咬んでくるのでけっこう痛かった。じゃれている時にカミカミしてしまう癖は相変わらずあるけれど、最近は明らかに加減してくれているのでたいして痛くはなくなった。
こういう点は色々学習して以前よりはオトナになったっていうことかな(*^_^*)。

でも猫さんに咬まれるって痛いけれどクセになるというか、いた気持ち良いと言いますか・・・きらいではないです。いやむしろ好きかも知れない・・・(本当に怒っていて本気で咬まれる時には危険だしそんな悠長なこと言っていられないだろうけれど)みみず腫れになる程度なら全然平気である。
「痛いイタイイタイ~ももちゃん、痛いよ~」などと言いながらも私の顔はいつも笑顔だったりします。こんなことを書いたらアブナイヒトって思われてしまいますね・・・(^_^;)

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2008年4月 2日 (水)

ももちゃんとお花見

今年の春は桜の開花がものすごく早かった。静岡では少し前から桜がすでに満開状態。
仕事から帰宅する時に通る近所の川沿いの桜もすごくきれいに咲いている。いつもは車でスーと通ってしまってじっくりと見ることが出来ないけれど、今日は仕事も休みだし散ってしまう前にももちゃんを連れてゆっくりと歩いてみようと思い行って来た。001桜並木の場所までは自宅から徒歩で約5分、ちょっとしたお散歩には良い感じ。

008 この場所は3年前の4月にゆうたろうと一緒にお花見した所。桜並木が きれいな場所だけど平日はお花見している人もほとんどいなくて、怖がりな猫さんと静かにお散歩するのにはとってもいい場所である。

2年前と去年はゆうたろうの調子が悪くて来ることが出来なかったのでこの写真を撮った時以来来ていなかった。なのであの時と同じ風景を見て何だか感慨深かった。姿は見えないけれどゆうたろうも一緒にいるような気がしてしまった。

川の向こう側で近所のおじさんが桜の木の下にテーブルを持ってきて一人で飲んでいた。あとずっと遠くのほうで家族連れが一組レジャーシートを敷いてお花見をしていたけれど、ゆうたろうと来たこの場所には誰もいなかった。
なのでとっても静かなのだけど・・・初めて来た場所にももちゃんはドギマギ。私にずっとしがみついたまま離れようとしない。そっと地面に下ろしてもすぐによじ登ってくる始末coldsweats01。せっかくカメラを持ってきたのになぁ。ももちゃんと桜を撮りたかったけれど、どうしてもしがみついたまま離れないので抱っこしたままパチリ。あとは風景だけを数枚写真に撮り、少しだけ桜を眺め早々に帰ってきた。Img_0481_3 Img_0479_3 Img_0480_2 Img_0485_2

家の周りや近所の公園なら全然平気なんだけどなぁ、たまにだけど車が通ったり、近くに川が流れているのが怖かったのかな。それにしても必死にしがみついてくるももちゃん、可愛かったなぁ~happy01私はとっても楽しかったけれどももちゃんはあまり楽しくなかったかなcoldsweats01。でもたまには緊張するのも良い刺激かなぁなんて思っちゃいました。Img_0493_2

帰宅後、寝んねするももちゃん、幸せそう~。やっぱりおうちが一番なのね!

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2008年3月21日 (金)

ゆうたろうの一周忌

今日はゆうたろうの一周忌。
少し前から通勤途中に通る土手に咲き始めた菜の花を見ていると菜の花に包まれて旅立ったゆうたろうの姿が目に浮かぶ・・・あぁもうそんな季節になったんだなぁって感じていた。

002 この一年、去年の今頃はゆうたろうとこんな風に過ごしたな、今頃はこんな風だったなって度々思い返したりしながら過ごしてきた。だから正直、今日という日を迎えるのが少し怖かった。

ももちゃんの避妊手術の時にも泣いてしまったけど最近はゆうたろうのことで泣くことは少なくなっていた。でも・・・昨日まりこさんからグリーティングカードが送られてきた。そこに書かれているやさしいお言葉を読み久しぶりに大泣き。それがきっかけでスイッチが入ってしまった私coldsweats01。急にゆうたろうの姿が恋しくなり、今までつらくて見ることが出来なかったゆうたろうの動画をたくさんたくさん見て更に号泣。その時ももちゃんは・・・静かに熟睡中だった。ももちゃん静かなひと時をありがとねconfident

ゆうたろうの命日である今日は仕事をしたくないと思っていた。ただただ静かにゆうたろうを偲びたいと思っていた。なので今日は希望休でお休み。
朝一番にお香をたき、お水とゴハンを供えて手を合わせる。お水は養命水。今年の初めにスーパーで見つけてゆうたろうに飲ませたかったなぁって想いでいっぱいになったので購入したもの。今日初めて開封したのでその後ももちゃんにもおすそ分け。ももちゃん、ゆうたろうみたいに長生きしようね!

その後、今日はお彼岸でもあったので母と一緒に父とご先祖様のお墓参り。帰宅後にゆうたろうにもお花を供えその後はずっと家にいた。特に何かをしてあげたわけではないけれどとにかく傍にいてあげたかった。傍にいてゆうたろうとの日々を振り返る、ただそれだけの静かな一日。1年が経ち少しずつゆうたろうが遠くなっていってしまうような気がする。でも、私はこれからもずっとゆうたろうとりょうたろうを愛しているし、これまでと変わらず心の中で語りかけていくだろう。

Img_0399 夕方になりゴハンをねだるももちゃん、午前のゴハンはドライだったので午後は缶詰。元気に勢い良く食べるももちゃんの姿を見てちょっぴりうるうる。数年前まではゆうたろうが同じ場所で同じように食べていた、その姿がだぶる。ありがたい・・・本当にありがたいねももちゃん。生きていること、健康であること、目が見えること・・・当たり前なんかじゃない。本当にありがたいことなんだよももちゃん。
あなたのおにいちゃん達はね、すごく素敵でかっこいいおにいちゃん達だったんだよ。いろんなことがあったけれど最期まで負けずに頑張った強いおにいちゃんだったんだよ。
ももちゃんの猫生はまだ始まったばかり。素晴らしい猫生になるように一緒に生きて行こうね。

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2007年12月18日 (火)

障子のその後

前の日記でももちゃんの障子のいたずら動画(1ヶ月くらい前のもの)を載せたけどあれから後も・・・ももちゃんは障子で遊ぶ楽しさに味をしめてしまったようで毎日のように障子のある窓にのぼっては遊んでいる。最初の頃は「こら~!」って言っていたけれど、ボロボロになった障子に張りなおす気力も起きず・・・今ではもう好きなだけやっちゃってくださいなっていう感じである。Img_0213_2 Img_0214_2 Img_0215_2 写真はぜ~んぶ今夜のももちゃん。
この障子の破れ・・・どこまで広がっていくんだろう(-.-)。ももちゃんが楽しいなら良いと思っていたけれどガラス窓と部屋を仕切るもの(障子紙)が無くなったためか部屋が寒いよ~。地球温暖化や省エネのことを考えると暖房は最小限にしたいのであまり暖房しないようにしている私。(えらそうなことを言いつつゆうたろうの介護中はガンガン使っていました(^_^.))ももちゃんは寒々とした部屋でも全然気にせず毎日走り回っている。006   Img_0216

ゆうたろうのいたずらした障子。2003年6月、 当時のゆうたろうは18歳弱。年齢のせいもあっただろうけれど大人しいもんだった。その後しばらくしてから障子紙を張り替えたらそれから後はいたずらしなかった。障子を開けてそこに布を敷いてあげると満足そうにそこで大人しくくつろいでいたかわいいゆうたろう。当時の私としては、高齢なゆうたろうにいたずらをする元気があったということが逆にうれしかった。記念に3本の爪あとがきれいに残っている障子紙は枠に沿って切り取り今もファイルに挟んで大事に取ってある。今となっては大切な思い出のひとつである。

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2006年12月25日 (月)

4年前の今日

Img_1643今日はゆうたろうの皮下輸液の日。最近は毎回電話で先生にゆうたろうの体調を話し、先生が輸液の調合を(ビタミンを添加するかどうか)判断するという感じなのだが3回連続でビタミン添加の皮下輸液を行っている。

ビタミンを添加した輸液。いつもより500円増しになる。

Img_1644 1日に何度も強制給餌を受けるゆうたろう。固いシリンジではお口の端が痛かろうということでこの輸液についてくる翼状針のジョイント部分を切って洗い、強制給餌用のシリンジにつけて給餌してみた。そうしたらすごくいい感じ!先端はやわらかいしシリンジより細くなった分お口の中に入れやすく口の端からこぼれる事も少なくなった。本当は病院へ返すべき翼状針の一部をこんな風に使って良いのかなとの不安も少々あるけれど・・・医療廃棄物である針の部分は病院へ返しているけれどジョイント部分が切られていることに関して何も言ってこないから良いのかなと思ってしまっている(^^ゞ。

最近、体調と共にゆうたろうの目の調子もいまいち。右目角膜の表面に水泡が出来(角膜穿孔?)ベタベタした目やにが毎日出ている。今年の初め頃と比べるとずいぶん左右の目の大きさも変わってしまった。右目は段々と腫れていき、左目はどんどん萎縮していく・・・。失明してからも寝んねする時には目を閉じていたゆうたろうだけど右目はもう閉じきることが出来なくなってしまった。閉じれない→乾燥する→ばい菌、埃が入る→炎症の悪化といった感じに悪循環になっているような気がする・・・。
以前の診察では腫瘍の可能性は低いと言われたけれどもしかしたら腫瘍なのかもという不安がよぎる時もある。分かったからといって積極治療は出来ないゆうたろう。それでも何となく色々な言葉を並べては検索を繰り返していた。

そうしたら偶然にも以前自分がネット上で獣医師に質問のやりとりをしていたページに辿り着いた。(ページを見つけたのは2~3日前)ここはもう相談を受け付けるのを止めてしまったので見返すことは出来ないと思っていたけれど過去ログとしてまだ残っていたんだなぁ。まだネットを始めたばかりでオロオロしながら書き込んでいた当時の自分を思い出す。ゆうたろうの失明した日は右目がクリスマス(12月25日)左目が猫の日(2月22日)とわかりやすい日で(^_^;)どちらもはっきりと覚えている。

4年前の今日ゆうたろうは右目の光を失った。当時も摘出してしまうのが一番楽だけれど体調と年齢がネックになり手術できなかった。それから4年間、トラブルを抱えながらもよく頑張ってきたよね。こんなに腫れてきちゃったけれど大切でかわいいゆうたろうのお目目。これ以上腫れたり痛くなったりしませんように。

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2006年10月25日 (水)

懐かしいビデオに涙&めまい

今日は仕事が休みだったので朝、ゆうたろうと一緒に短いお散歩。私は久々に動画でも撮影しようと思いデジカメを手にしていた。でもゆうたろうの歩く姿を数秒間撮影した所でメモリが満タンになってしまい尻切れトンボ状態に・・・

どうしようかなぁ・・・これまでデジカメでたくさん動画を撮ってきたけれどどれも大切でずっととっておきたい。一応自分なりにCDにバックアップはとってあるけれどいまいち信用できなくてそのままメモリーカードでもとっておいてある。このメモリーカードで3枚目。4枚目を買っても良いけれど毎回こうして満タンになる度にメモリーカードを買っていたらもったいないなぁ。そういえばデジカメの動画をCDにしてくれるサービスがあったような気がする。お店で作ってくれたCDなら信用出来るし、そこでCDを作ってからこのメモリーカードを空にすれば買わなくたってまた新しい動画を撮れるじゃん!(カメラやPCに詳しい人が見たら笑われそうな悩みですが(^_^;)

そう思った私は早速部屋へ戻り、動画をどんなふうにCDに変えてくれるのかを知りたくてFUJIFILMのHPを見た。そのついでに色々なサービスがあるなぁって見ている時エフビデオディスクのページに目が止まった。古いビデオをDVDに変えてくれるサービスだ。
こういうサービスがあるっていうことは以前から知ってはいたけれど今日はいつもより興味をそそられてじっくりと読んだ。

私にはずっと見る勇気が無かった古いビデオがある。反発ばかりして全く親孝行ができないままお別れしてしまった亡き父と何にもしてあげられなかった後悔の残るりょうたろうが写っているこのビデオ。見ると泣いてしまうことが分かっているから・・・でもとてもとても大切なビデオ。これをDVDにしてもらおうかなという気持ちになった。でもどんな内容だったかもう一度見ておいたほうが良いよなぁ。

もうずいぶん時が経っているのだし楽しい思い出のビデオなんだから避けることはないよね。今まで見れなかったビデオだけど今日は急に見る気になってそのビデオをテレビデオに差し込んで再生した。

撮影者は私。このときのカメラはとても大きくて重かった事を覚えている。カメラは家のカメラではなくてレンタルしてきたものだった。テレビの中に映し出される懐かしい風景。建て替える前の古い家、広かった庭、庭にリードで繋がれた若いゆうたろうとりょうたろう。当時家にいたスカッチ(犬)やリスやインコに文鳥に玄関の金魚達。
母も兄も姉もとっても若い!そして照れくさそうに微笑む父を見てやっぱり涙が・・・
それをきっかけに涙が止まらなくなり懐かしい思いと共にせつないような気持ちにもなってしまった。

それにしてもゆうたろうとりょうたろうの可愛い事!りょうたろうの写真が少ないことを残念に思っていた私にとって動くりょうたろうを見ることができたのはやはりすごくうれしかった。ビデオの背表紙には「6月28日」としかかかれていなかったけれど、ビデオの中でカレンダーが写っていてそのカレンダーの年数が1987年だったことからその年に撮影したと思われる。19年前の世界、あの当時の動物たちも父も亡くなり家も変わってしまった。でもゆうたろうだけが今ここにいる。そう思うといとしさがこみ上げてきてゆうたろうをそっと抱きしめた。

が!!このビデオ。実は最後まで見ることが出来なかったのである。耐え切れなかった・・・ひどい手ブレ。可愛い動物たちや懐かしい風景、とっても良いビデオなのに私が撮影したせいか手ブレがひどすぎる!途中で一時停止とかして目を休めながら見ていたけれど終いには酔ってしまいダウン!
以前見た時のことは良く覚えていないけれどここまでひどかったかなぁ。
ひどい吐き気とめまいに襲われその後2時間は復活できなかった。内容は良いのに残念だ~!ひどい手ブレビデオなので別の意味でもう一度見る勇気が無くなってしまった(^_^;)
こんなんだったらかえってDVDにして静止画をキャプチャーして楽しんだ方が良いかもと思った。

今朝の尻切れトンボ状態の動画。ご機嫌さんで散歩してくれてたのに・・・もうちょっと撮りたかったなぁ。

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2006年10月13日 (金)

猫の手帖

昨日は待ちに待った「猫の手帖11月号」の発売日。
「ご長寿猫さん特集」にゆうたろうを載せて頂けるという事で先日取材を受けて以来ずっと楽しみに待っていた。
が、残念な事に仕事、しかも遅番だった。遅番だと帰宅が9時頃になってしまう・・・。そんなに待てな~い!と思った私はお昼ご飯を食べるのもそこそこで、昼休みに本屋さんへ車を走らせた。そして本屋さんで猫の手帖を2冊購入し(保存用と見る用)車中でさらっと読んだのだけどお昼休みが終わってしまいそうだったので全部は読むことが出来ず急いで職場へ車を走らせた。

そして職場へ戻る途中(半分くらい戻った所で)の信号待ちのときに何となく袋から本を出してみてガックリ・・・「え~裏表紙の端っこがちょっとだけ破れてる~」「どうしよう・・・もう戻らないと間に合わない、セロテープで補強すれば良いじゃん!でも私の大切な宝物。最初っから破れているなんて嫌だ・・・」信号待ちしながら頭の中でグルグルと考えていたが、結局は、Uターンした。(^_^;)

本屋さんへ戻りレシートを見せて「つい先ほど購入したのですが後ろが少し破れているので交換してもらえますか」と言い交換してもらった。そして大急ぎで職場へ戻り(結局ギリギリで間に合った(^^))すぐに仕事。手が空いた時にでも読もうと思っていたけれど何だか忙しくて読む暇無し。結局ゆっくりと読めたのは帰宅後だった。

そしてドキドキしながらページをめくってみた。とってもとっても素敵なページになっていた。あまりの文章のやさしさに、自分とゆうたろうのことなのにウルウルときてしまった。「お母さんも読んでみて。」と母に渡し、母にも読んでもらった。その後2世帯住宅で隣に住む兄家族にも見てもらった。兄達には本が完成するまで内緒にしていたのでゆうたろうの載った記事を見て「え~!!すご~い!」ってびっくりしていた。しばらくワイワイした後、1冊はそのまま兄達に貸して私は部屋へ戻りゆうたろうをナデナデしながらゆっくりともう1度読み返した。

そして、今日は22年前にゆうたろうを連れてきてくれた人、姉にも連絡をした。姉から「大切にしてくれているんだね・・・こんなに長生きして良く面倒を見てkaoriはすごいねぇ」って言われ「お姉ちゃんが連れてきてくれたからゆうたろうと出会えたんだよ。」って言った時何だかまたうるうるとしてしまった。
忙しく過ぎていってしまう日々の中でこうしてみんなでりょうたろうやゆうたろうとのこれまでの事をしみじみと振り返ることが出来てとってもうれしかった。Img_1580

今日のゆうたろう。
9月中旬のゲーがずっと後を引いていたが今日はドライで30g食べてくれまずまずの食欲。右目は毎日点眼をしているがあまり変化が見られず真っ赤なまま。昨日から右目だけ涙がぽろぽろ出る。でも痛そうな素振りは無し。

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2006年8月 1日 (火)

ゆうたろうの年齢を意識し始めた時

今日はゆうたろうの誕生日。とは言っても真実は本当に今日かどうかはわからない(^_^;)。
ゆうたろうは約22年前に家にもらわれてきたのだけど、当時の私は子供だったしゆうたろうの年齢なんて全然気にしていなかった。当然お誕生日を祝ってあげた事なんて全くなかった。

そのままなんにも気にせず月日が経ったある日。アルバムを眺めていてゆうたろうとりょうたろうが写っている写真の日付を見て愕然とした。「え?!ゆうたろうとりょうたろうっていつの間にこんなに年をとってしまっていたの?」その当時の年月日から写真の年月日を引いたら12歳になっていた。いつもいつも元気一杯で年齢を感じさせなかったゆうたろうとりょうたろうだったけど改めて年齢を意識した時、急にさみしいような愛しさがこみ上げてくるような心境になった。

いつの間にこんな年になってしまっていたのね・・・当時の私は猫は10~12年くらいしか生きないと思っていた。もうすぐ寿命がきてお別れしなければいけないのだと思った時、急激に自分の中でゆうたろうとりょうたろうの存在が大きくなっていった。それまでは可愛がってはいたけれどペットという感覚だったのかも、この日を境に本当に家族として心を通い合わせ始めたような気がする。

02 そしてその後長生きするにつれゆうたろうとりょうたろうが本当はいつ生まれたのかも気になるようになってきた。ゆうたろうをもらってきた当の姉はもうお嫁に行ってしまったし、以前さりげなく聞いたけれどもうゆうたろうの生まれた家の人たちとは付き合いが無く聞きづらいそうで、本当の子猫時代の写真は残っているけれど何故か日付が無い。ゆうたろうが写っている写真(すでに見た目は大人)で一番古い日付が85年の10月だった。なのでしばらくの間ゆうたろうは1985年生まれということになっていた。
が、ある日ゆうたろうが食欲不振で通院した時思いついた。「そうだこの病院で去勢手術をしたんだっけ!去勢手術をいつ頃したのか聞いてみよう!」
で、聞いてみた。そしてカルテからゆうたろうとりょうたろうは1985年の2月に去勢手術を受けたということが分かった。そして去勢手術を受けた年齢は生後6ヶ月ということになっていた。2月から6ヶ月を逆算すると・・・84年の8月だ!そんな経緯がありゆうたろうの誕生月は8月ということがわかった。が、日までは分からない・・・1日でいっか!
そんなこんなでゆうたろうのお誕生日は8月1日となったのである。(^^ゞ

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2006年6月20日 (火)

ゆうたろうの動画

動画の貼り付けに初挑戦!上手く出来るかな?

2005年01月05日

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2006年6月 9日 (金)

りょうたろうとのお別れ

1986 りょうたろうが亡くなって今日で6年。
当時の私は知識もりょうたろうを支えるんだという強い意志も無く、りょうたろうにはとてもつらい思いをさせてしまった。闘病期間は2週間程しかなかった。

食欲が落ちてきているということ、最近元気がないということに薄々気付いていながら「そのうち元気になるでしょう。」と思っていた。りょうたろうがぐったりとしているのを見て初めて病院へ連れて行った。
先生はすぐに血液検査をして腎臓の数値が悪い事を私に説明すると皮下輸液をしてくれた。猫の病気に対して全く知識の無かった私は、なんてデカイ注射なんだろうとのんきに驚いていた。しばらくの間毎日この注射を打ちに通うように言われた。
先生の説明が曖昧だったのか私がちゃんと聞いていなかったのか分からないけれど、私はこの注射を薬だと思っておりこれを打っていれば助かるのだと思っていた。

後に感じた事だがこの病院の先生は何でも「年だから」で済ませようとする先生だったのであまり積極的な方法を取らなかったのかなぁと感じた。ゆうたろうが腎不全になったときにそれを強く感じたので転院したのだが、当時の私は何の知識も持っておらず先生の言うとおりにしていれば良いのだとしか思えなかった。01

19980419 今、ゆうたろうは私の部屋で暮らしているけれど、あの頃はまだ母が部屋に入れることを許してくれていなかった。
子猫の頃から1、2歳の頃までは室内で暮らしていたけれど、母が毛が舞うことを嫌い、途中から昼は庭にリードで繋ぎ、夜は玄関に置いた巨大なキャリーの中で寝るという生活をしていた。本当は昼間はまだしも夜は部屋に入れてあげたかったけれど当時の私は母に逆らう頃が出来ずにいた。
それでもりょうたろうが病気になったときだけは「どうしても!」と言い張ってりょうたろうだけ部屋に連れて行きお世話をした。

りょうたろうは全く食欲がなくなっており自分からは全然食べてくれなかったので、先生に強制給餌の方法を教えてもらい毎日チューブダイエットを与え続けた。りょうたろうはとってもおりこうさんで私の与えるチューブダイエットをきちんと食べてくれて、亡くなるまでの2週間1度もゲーしなかった。だからきっと良くなると思っていた。
最期の日の朝、私は早番で朝の4時半に起き、りょうたろうに強制給餌をして仕事に出かけた。その時だって私がお湯で溶いたチューブダイエットのほとんどを食べてくれた。

仕事が終わったのがPM3時、急いで家に帰った。家に着いたのが45分頃、玄関を開けるとりょうたろうは玄関先のベッド代わりに使っていたキャリーの中におり母がジッと中を覗いていた。母は「あぁ、あんたが帰って来て良かった。間に合わなかったらどうしようと思っていたよ。」と言った。急いでキャリーの中を覗いてみると、りょうたろうはぐったりとしており異常な呼吸のしかただった。
「病院へ!早く連れて行かなくちゃ!」と言ってりょうたろうを抱き上げようとした瞬間、りょうたろうはちょっと起き上がって後ろ足で頭を掻くようなそぶりを見せた。「何?りょうたろうどうしたの?!」と言って頭の後ろを触った時「ニャァ~」と大きな声で一声鳴き、両手足を思い切り伸ばした。そして今までに感じた事が無いほど重く私の手の上で・・・全身の力を失った。

たった2週間の通院と仕事の合間を縫っての強制給餌。あっという間だった。何も手を尽くしてあげられなかった。母は「りょうたろうはあんたが帰ってくるのを待っていたんだよ」と言ってくれた。確かにりょうたろうの最期には間に合ったけれど私の心の中は後悔で一杯だった。自分の知識の無さ、病気に対する考えの甘さでりょうたろうに苦しい思いをさせてしまった。もっと早く対処していれば助かったかもしれないのに・・・まだまだここには書ききれないこともあり本当に当時の自分の愚かさを恨みます。6年経った今でもこうして思い返すと涙が流れます。

それでも、いつまでもウジウジと悩んでいても時は戻らないし、りょうたろうも喜ばないと思うから、今は心の中でりょうたろうに話し掛けつつ、ゆうたろうを精一杯お世話する事を心がけている。りょうたろうは市営の火葬場で合同で火葬してもらった。そこではお骨を返してくれないので今私の手元に残るのは数本のひげと爪のかけらのみ。
デジカメを購入してからはゆうたろうの写真をとりまくっているけれど当時はデジカメを持っていなかったのでりょうたろうの写真もとっても少ない。ゆうたろうより男前(←ゆうたろうスマン)ですごく可愛かったのに・・・。

りょうたろう、バカなおねえちゃんでごめんけね。もっともっと色々してあげたかったよ。
りょうたろうが教えてくれたこと、忘れない。
ずっとずっと大好きだからね。それだけは信じてね・・・

2000年6月9日PM4時 りょうたろう 15歳10ヶ月Photo_1

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